三忠食堂

 昼を何処かで摂ろうと思い、思案したところ出てきた、「三忠食堂」。「美味しんぼ」の青森編で最初に紹介されたお店が弘前にあり、俺の記憶にもあったので早速行ってみた。学生時代何度か通ったこの路だったが、古めかしい店棚という印象しかなかったのが本音。

ここでは津軽そばを紹介されていて、相棒はその津軽そばを注文した。俺は味噌ラーメン。

 店構えは決して綺麗なものではなく、質素そのもの。駐車場も隣接されたところに4台分が確保されているだけで、そこに駐められない場合は向かいの病院の軒先に駐めさせてもらうような格好だった。俺も店の脇に駐めさせてもらった。

 店内も質素というより、田舎そのもの。テーブルが6席位あっただろうか。ぎゅうぎゅう詰めで人が入っても6×424名が入ると一杯。

 しばらくして注文したものが目の前に現れた。デザートでリンゴが付いてきたのが嬉しい。これこそ青森ならではだと思う。こんな気の利いたことを県外から来られた方にすると意表をついた感じでうけると思った。

 肝心の味は津軽そばも味噌ラーメンも素朴だけれども後を引く旨さがあってあっという間に完食。一緒におにぎり一個を頼んでくれたのでそれを二人で半分づつ食べた。後ろの席にはこれから遊びに行くのか高校生らしき4人組が津軽そばを食べて速攻で店を出て行った。

 桜祭りでは出店を出すようなので、もし観桜会に来ることが出来るならばもう一度出店の方にでも行きたいと思った。

 この後は、仙台で一泊をすることにしたので一路仙台へ。

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そして弘前へ②

 

1/5目が覚めたら、腹の調子も戻ってきている。何とかなりそうだ。病院へ行くことを盛んに進めてくれた相棒と処方してもらった薬、点滴のおかげだ、感謝、感謝。

 同ホテルに剣道小僧達が宿泊しているので朝食は時間をずらした方がいいと前日アドバイスを聞いたので遅めの朝食を頂いた。昨日は殆ど口にしていないがいきなり大量のものを胃に入れてしまうと怖いので、少なめに水分多めに選んだ。美味しそうなみそ汁はちょっとしょっぱく、残念。

 弘前だけありリンゴジュースもおいていた。飲んだのはオレンジジュースだったけれど・・・。

 当日の予定は福島まで戻るか、途中仙台でもう一泊をするかの選択があり、昼過ぎには弘前を出ればいいようなタイミング。せっかくだから弘前城と近くの観光館でお土産でも物色すればいいかなとホテルをでた。蓬莱橋の近くにスィートポテトを売っているこじんまりとした店があり、学生時代は世話になることはなかったが、その後何度かよったことがあったので今回も寄ってみた。

 朝の10時台は土手町といえでも人の通りは少なく、自動車教習所へ行くのだろうか、待ち合わせをしていそうな高校生風の数人がたむろしているくらいだった。Photo_3

 スィートポテト屋さんで、一番小さいものを1個お願いし、包装をしてくれている最中試食の一口大のポテトを頂いた。正確に言えば俺は頂いていない。残念ながらというのか、俺が相棒にア~ンと口に入れてあげた後、ちょっと目線を外にそらしていた最中にもう1個の方を相棒が自分の口に入れており、時既に遅し。前日から調子が悪い俺に気を使ってポテトを2個も頬張ってくれたと自分を納得させ、店を後にした。

 観光館の地下に車を止めて、弘前公園へ。雪の季節の弘前城址は学生時代以来。それにしても積雪量が少ないのに今更ながら驚く。

 2月に向けてピークが来るのは分かるがもう少し積雪量があっても良さそうなものだ。

 天守閣は閉鎖されていて中には入れない。

 岩木山が綺麗に見えた。山頂付近も雲がかかっておらず綺麗に見えた。丁度脇では三脚を構え岩木山を撮影していた方もいらした。園内を一周し、日本最古のソメイヨシノの大木を眺め、東門より公園を出て観光館へ向かった。

Photo_2

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そして弘前へ①

 1/4の午後から弘前へ移動。運転が出来そうな気もしたが、いまいち自信が持てないので相棒に途中までお願いをすることにした。但し、弘前市内は俺の方が明るいので途中で運転を交換。交換した場所はコンビニの駐車場で、某地元テレビ局が製作したCDを買おうとしたが、売り切れだった。

 弘前市内へは4号を通り、堅田の交差点を右折、市内へ。弘大を通って、土手町を経由しホテルへというルートで。富田町の本屋はつぶれ、近くの小さいスーパーもクリーニング屋に変わっていた。

 土手町はアーケードが撤去され、広くなったように感じたが寂れた感じは否めない。ハイローザの跡地は未だに空き地で駐車場になっているのか殺風景。調子がいまいちだったのでホテルで休憩し、調子が上がったら食事にでることにした。

 1時間くらい横になっただろうか。暗くなり相棒に津軽の料理を食べてもらいたくて「炉辺」辺りに行きたいと思っていたが、残念ながら体調が思わしくなく中三の上のそば屋で軽く食事をした。この中三も俺が弘前に住んでいた時にリニューアルし、中国かどこかのデザイナーが設計したとか聞いた覚えがあった。閉店近くということもあっただろうが、人の入りは寂しいもので、店員さんも暇そうだった。ついでにそばも残し、地下のスーパーで飲み物を購入しホテルへ戻った。相棒にはせっかく弘前まで来てもらいながら何も出来ずに申し訳ない気持ちで一杯だった。

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胃腸炎か?

 3日の夜から腹が軋みだした。夜中に起きてトイレに行くということは滅多にないが、この夜に限っては5回行った。こんな目に遭う心当たりが無いが、とにかく痛かった。

 朝起きてからは、頭を上にしているのさえ辛く、横になっていた。この日は弘前へ行くつもりでホテルも手配をしていたので何とかしたく、相棒の薦めもあり病院へ。1/4は平日だったのでこれ幸い。病院で軽く症状と既往症南下のアンケートを答え、熱を測ったところ37.9℃。いきなりブルーになる。

 多少の混雑は承知の上だったが案外早く呼ばれ、点滴を打つことに。想定の範囲内だったので、これで多少でも動けるようになればと思い点滴をお願いした。周りは年配の方ばかり。院内だからしょうがないのかとは思うが、咳をする方も多く、余計な菌が入ってきても嫌だなと思ったりする。医者の判断は特になく、「多分大丈夫!」というとても曖昧な微妙な診断だった。

 点滴を受けた後は気分も多少すぐれた。薬局で薬をもらう際の説明も又微妙で、「空腹でも大丈夫な薬です。お酒を飲んでも構いません」だって。普通はウソでも23日はお酒を控えてくださいと言えばいいものを飲んでもいいとは・・・。その夜はお酒を飲む気にもなりませんでしたので結果休肝日でした。

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八甲田丸

 八甲田丸もアスパムに負けず劣らず行ったことがない。大学時代にビアガーデンに行ったきりでPhoto_4 船内に入っていない、何故なら金がかかるから。

 近くには何度も行くが、中に入る用がないからしょうがない。

 それでも今回は他に行くところがないので行ってみた。ちなみ入船料500円也。

 船内は昔の連絡船の趣があまり感じられず、デッキにさえ出ることも出来ず、休憩場所もなく、模型も壊れ、廃船寸前のように思われる。せっかくの遺産があんな格好で扱われているのはもったいない。

 まず、場所が悪い。元の青森桟橋の場所に係留したいのは分かるが、奥にあるので人が寄りつかない。人の通りが全くないところなのだから。せめてアスパムの前辺りに置くとまだマシ。青函博の時のようにすればいいものを。

ちょPhoto_2っと感動したのは階下の列車や貨車やディーゼルカーを飾っているスペース。現役を退いた懐かしい車輌が整然と並び、圧倒的な圧力と迫力だった。

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アスパム

 観光物産館アスパム。観光通りを海に向かっていくと立っている三角の建物。中学生になったかならないかのタイミングで立った建物なので20年が経とうとしている。かといってこのアスパムにもまともにいったことが無く、今回初めて展望台と2Fのパノラマ館だかに行ってみた。正月の3日でありながら、空いており、受付の方も暇そうだった。

 正面玄関を入ると鏡餅が置かれている。ダイダイの代わりにリンゴが供えているし・・・。代々栄えるようにということでダイダイを供えると聞いているが、リンゴにはその旨を期待していいのか。

 2Fのパノラマ館は青森の四季を360°のスクリーンで見せてくれるもので正味15分。自然とお祭りを紹介してくれて、やっぱりねぶた祭りはいいもんだと再確認。この時間帯の観客は10名程度。

 展望台はその名の通りの展望台だった。有料チケットを買うと、ドリンク無料券を貰え、しばし休憩。かといって、見慣れた風景であり、晴れていたわけでもないので感じるところは少なかった。たかだか13階程度の高さでの展望台自体に無理があるのかもしれない。

 相棒はここでもおみやげ屋でご当地キティのストラップを物色し、2種類ほど買った様子。ねぶたTシャツは多少着るためには度胸が据わっていないと難しい代物なので止めた。あのTシャツは罰ゲームか?といわんばかりの恥ずかしい絵柄である。

 向かいの帆立産直の店には「ホタテソフトクリーム」なるものが堂々と売られていた。傍らではおじさんがそのソフトクリームを舐めていたが、普通のバニラを食った方がマシだと思ったのは俺だけではないと思う。

 その後は、これまた行く先が無いので八甲田丸へ行くこととした。ラブリッジは冬期閉鎖で遠回りだったが・・・。

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アウガ

相棒を出迎えたのが昼過ぎなので、駅前当たりで昼を摂ることにした。かといって何処に行けばいいかも知らないのが本音。ラビナの駐車場に車を止めたので、そこへ荷物を置いていざ出発。

 リンゴは当たり前に目にしてきたのでこれといって違和感はないのだが、相棒にとっては珍しいらしい。福島はそれでもフルーツ王国と謳っているので、リンゴもある。須賀川のリンゴは有名らしいが食したことはない。青森と福島の違いは種類らしい。確かに駅前のリンゴを扱っている店には様々なリンゴが並んでいる。色も多様。定番の赤から、黄色、青色と。種類もふじを始め、北斗、王林、金星・・・と。リンゴの木箱も珍しいらしい。俺は小さい頃、リンゴの木箱が机の棚だったので、珍しくとも何ともなくむしろ、あまり思い出したくない記憶ではある。

 昼を食べたのはアウガのB1Fの“田(デン)”というお店。何度か地下に下りるエスカレータを利用する度に行ってみたいなと思っていた店だったので、せっかくなので行った。

 店は魚市場に隣接していて、昔の青森駅前の市場を思わせる風情。

 田は思ったより広いフロアで、お客さんが結構いた(昼時間帯なので当たり前か)。大間マグロをとある漁師さんから1本毎買っているというフレーズもあり、せっかくだから中落ち丼とかいうものを頼んだら、売り切れ!。値段も結構張るがそれでも売り切れとは。変わりに頼んだのは海鮮丼?だったか思う。相棒はとろサバ定食なんていう渋いところを注文した。お互いにつつき合えばサバも食えるしナイスなチョイスだ。

 海鮮丼はマグロを始めとして何品だろうか、78品の刺身がのっていたと思う。とても美味しかった。サバもそれなりだった。ラーメンがすり鉢どんぶりで提供されていたのでラーメンにも惹かれたので、次回はラーメンも行ってみよう。

 アウガにはこれで3回目だろうか、未だかつて2F以上へ行ったことがないので、図書館でも覗いてみたいと思う。

 そのご、行くところがないのでアスパムへと向かった。

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青森駅②

4853000_7   485系3000番台は数回乗ったことがあります。残念ながら、789系のスーパー白鳥、E751系のつがるには乗ったことがない。

 相棒は上手い具合にE751系でやって来た。シートには暖房が入っていたようで、八戸を出てからうとうととしてしまったらしい。

 美味しんぼの青森編を読んで予習をするはずが、途中で止めたらしい。

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青森駅①

Photo  正月の3日、相棒がわざわざ青森まで来てくれたので駅まで迎えに行った。青森駅に行くこと自体久しぶり。駐車場が何処にあるのかさえ、よ~く考えると分からない。

 青森駅を利用したのは何時依頼だろう?3年前の2月に戻ったときにJRを利用して以来か。

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帰省

 正月の帰省は12/30~1/6迄だった。青森にいたのは12/30~1/5の間。

 雪が降って積もったのは12/31と1/1の2日位。家の前の雪かきをしたのは2回だけ。実家の近くの川に雪を捨てていたけれども、今年は橋の欄干にガードレールが敷設されてしまって雪捨てがちょっと面倒くさくなっていた。俺のようにちょっとの間だけしか雪かきをしない者が面倒くさいと思っているのだから、そこに住んでいる人は相当大変だと思う。ガードレールのような柵がないと危ないとかいってしまう人がいるからたいそうなものが出来てしまったのだろうが、今まで事故がなかったのがそれを証明しているのだろうから、そこで何かへまをする方に問題があると思うが。

 青森駅前にも久しぶりに行ってきた。アスパムも八甲田丸、アウガにも行って地下の飯屋で飯も食べました。

 それなりに有意義でトラブルがあった青森行を何回かに分けてご紹介します。

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初雪

 台湾の地で初雪の便りを聞くなんて何という因果でしょうか。

 21時のNHKのニュースで青森に初雪が降ったそうで、青森空港の景色が映し出され、気温は-0.2℃。酸ヶ湯は10cmの積雪とのことです。それでも例年に比べ9日遅いらしい。

 八甲田の雪景色はさぞかし綺麗だと思う。

 津軽平野にも早く雪が降り、大鰐スキー場のオープンがスムーズに進むよう祈念します。

 

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酸ヶ湯

 酸ヶ湯近辺は硫黄の匂いで臭い臭いと思っています、Photo_2 今も。実際臭いですが、8/14はそんなことはなかった。

 酸ヶ湯のそばは美味いと聞いたので昼に食いに行った。雲谷を越えて、工藤模型のラジコンのサーキットを左手に見て酸ヶ湯へ。結構遠い。

 酸ヶ湯の駐車場は混んでいて、みんな考えることは同じだと思う。

 酸ヶ湯は素通りはするものの物心がついてからは初めて行ったんじゃないかと思う。

 そば屋は建物の右側にあり比較的新しいように見えた。メニューも豊富で、お客さんも豊富。母親がのこのこと奥へ進み、相席にしてもらった。隣の方は東京から来られた方のようで、母親は余計なことを止めどもなく話していた。そのお陰で俺は時々相づちを打つだけで済んだので有り難いと言えば有り難いが。頼んだのは「冷やしとろろそば」。想像しただけでも美味しそうで、実際もとろろの粘りが強く、温泉卵もいい具合で美味しかった。何よりそば自体がコシがあって、なかなかお目にかかることの出来ない美味しいそばだった。又行きたいと思わせる美味しいそばだった。

 次の日の新聞で、南八甲田で遭難していた方が無事見つかったという嬉しいニュースを見つけることが出来た。

Photo_3

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青森で自転車②

 8/14、朝早く起きて涼しい内に自転車を漕ごうと思ったが、ぼんやりとテレビと本を眺めていたら7時を過ぎた。部屋にあったあだち充の「ラフ」を結局全巻読んでしまった・・・。

 2007朝飯を食ってからも特段することがないので結局自転車を乗ることにした。それもくそ暑い中に出かけるとは自分自身ちょっと頭がおかしいのかもしれないと思う。

 行き先は月見野霊園方面か、浅虫方面。月見野霊園は時期が時期だから込んでいるだろうし、戸山の坂を登るのは炎天下の中では寿命を縮める事になるだろうから止め、浅虫方面へ行くことにした。行きは旧道、帰りはバイパスを通るいつものコース。

 きっと海水浴の人でいっぱい人がいるだろうし、車の中からはくそ暑い中必死に自転車を漕ぐ俺を多少の哀れみを持って眺めるのだろうなと思いながらも出かけた。東高校を一周して戻ろうかとも思った。

 原別から野内の峠を2つ越え、浅虫の海岸が見えてきた。海は波が穏やかで、原別の漁港に1艘の漁船が入港してきた。漁船が動いているのをまじまじと見るのは初めてだったかもしれない。日常の風景かもしれないが、俺には新鮮だった。

 久栗坂の坂でも自転車の速度は50km/hを越えることはない。いくら必死に漕いでも全くスピードに乗らない。マウンテンバイクの限界なのか、俺のトルク不足なのか・・・。きっと後者だろうとは思うが。

 浅虫の海水浴場は思ったほど人出はないように見えた。まだ10時そこそこだったからかもしれないけれど。テントを張ってバーベキューをしながら休日を楽しんでいる風景は羨ましいの一言。

 道の駅辺りでUターンをし、水分補給を行い、浅虫温泉駅の足湯を写メして帰宅の途へ。自販機で飲み物を買ったはいいものの、飲んだ後のカンや瓶を捨てるゴミ箱が無いことに気づく。何処の自販機の脇にも無いので仕方なく、途中のコンビニまで連れて行った。

 帰りは4号バイパスをひたすら登り、トンネルを抜けた後は下り、適当に帰った。そんなに距離は稼いでいないようで結構距離を稼ぎました。汗も相当出ましたが・・・。

 4号国道はそれなりに交通量があったように思えた。                                

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田舎館村

Photo_3  親戚宅へ向かう途中田舎館村のたんぼアートを見に行った。東奥日報のHPで何度か見ていたので一度は行ってみたかったが、計らずとも親から連れて行けと言われたのでここぞとばかりに行ってみた。

 田舎館村の役場庁舎はお城のようで、天守閣の最上部から眺めるたんぼアートは綺麗。

 駐車場は満杯で役場は普段の業務を淡々とこなし、脇ではお盆休みを堪能している俺らのような観光客がわんさかといて、そのギャップが面白い。

 稲の色が緑色と黄色と紫色の3種類でデザインされている。紫色の※は古代米といわれているものだろうか。後日、ここで使われた紫色の米から育てられた米を頂いた。普通だった・・・。

 作品は葛飾北斎の富嶽百景から題材を取っているようです。携帯で撮ったのと被写体がでかいので一枚に入りませんでした・・・。

Photo_4

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青森で自転車①

2007_2 8/13お盆。朝5:30a.m.に目が覚めて早速自転車で朝の青森を散歩。行き先は決めていないが、県病方面へ向かい、合浦公園へ。途中保健所あたりから海を見るために海岸へ。2007_3                  

 普段、海に面して生活をしている訳ではないので懐かしくて嬉しくて海の匂いも気持ちがいい。

 合浦公園の砂浜まで行ってみた。昼の海水浴で出たゴミを拾っている人がいたり散歩をしているひと、運動をしている方がそれぞれ自分のペースで楽しんでいる。小学生の頃、この公園の沼でヤゴをすくって取っていた沼が未だにあったが、護岸工事をされてしまっていて、見た目は綺麗だけれどもそれだけの代物になり果てた。遠目からだけれでもSL(C11)はまだ鎮座していた。

 Photo ホテル青森の前を越え、本町~新町と向かった。善知鳥神社へ行った。実は善知鳥神社へ行くのは多分初めて。広いと思っていた敷地はさほどの広さは感じずビルの間に社殿があるという感覚。青森市の善知鳥沼だろう沼もあった。

 静かな新町商店街を抜け、青森駅へ。ちょうど特急S白鳥の車両を使った789系の特急つがるが1番線へ、遅れて485系3000番台の特急つがるが入線してきた。

 この後は久須志神社を抜け、旭町方面へ行き、東北本線に沿って八甲田大橋の下を越えた。噂には聞いていた八甲田大橋下の踏切。

 みちのく銀行本店を右折し、母校の浦中を横目に平和公園へ。20年も行かないと木々は大きく変わり、幹は太くなり芝生の公園は鬱蒼とした木々に覆われていた。小さい頃のイメージとはかけ離れた様子でちょっとびっくりした。

 この後は堤町商店街を越えて家路へついた。何気ない街の風景だけれども懐かしく、新しい風景で運動も出来、楽しめた。

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帰省と自転車と

2007  8/12~8/19の夏休み。前半は青森の実家へ帰省。

 早速8/12の早朝から郡山から移動をして、途中の仙台でお土産を買って高速道路へ乗った。丁度青森山田の試合が始まる頃でラジオを某国営放送にチューニングをした。高速道路はいきなりの渋滞だが、これも一つのイベントとして諦め、ラジオをじっくり聴けると思えるのでそれもよし。

 途中で朝食で寄った牛丼屋は忙しいらしく食べた後のお膳が殆ど片づけられていなかった。忙しいのはいいことだけれども見栄えも考えないと。

 青森へ行く運転は調子が良かった。車がいいお陰か、余り疲れなくなり気分的に楽ちんになった。去年の夏は新車で気疲れしたが今回は丁度1年が経ち、こんなにも運転がしやすいものなのかと感心してしまう。

 青森も暑かった。実家には扇風機しかないので郡山にいるときに比べてもむしろ暑かったかもしれない。

 実家に戻って直ぐに自転車を組立て、海を見に行った。郡山では簡単に見に行くことが出来ない海を見に行こう。

 自転車で5分もあれば簡単に原別の海に行くことが出来る。海沿いは漁港もあり、海浜公園もありヨットハーバーもある。ウォータージェット?に乗って遊んでいる、涼しそうで楽しそうだけれども俺は泳げないのでやっぱり見ているだけでいい。

 出来るだけ毎日自転車に乗って色々な所へ行こうと思う。

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ねぶた祭り2日目

 ねぶた祭りのライブ中継を昨日見た。中継場所は国道4号の県庁前。アスパムに抜ける通り(名前を忘れた)でねぶたが90度周り新町通へと抜けていくところ。

 今年も結局ねぶたには参加が出来ないのでライブ中継だけでもとパソコンの小さい画面で我慢しています。

 近年新しいねぶた師の作品が多く、色々なねぶたが楽しめます。白鳥芳生氏のねぶたが無いのが気になるところですが。

 小さな子が手振り鐘を一生懸命鳴らすのを見てしまうとうらやましいのとかわいいのがあいまってしまい涙が出てきます。

 今年のねぶた大勝(旧田村麻呂賞)はどこの団体が取るのでしょう。囃子賞は今でもあるのだろうか。昨日見ていた限りでは囃子は「に組」がやっぱり綺麗だったと思う。に組囃子方の半被姿が憧れの対象で、今でも格好いいなと思える姿でした。

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ねぶた祭りについて

 もう少しでねぶた祭りです。今年もねぶた祭りには参加は出来そうもありません。出来そうもないのは休みを取れない勇気の無さが根底にはあるけれど。

 お盆に帰省をしてもねぶたなんて1台も残っていない。アスパム裏のねぶた小屋ががらんとしているだけ。

 このねぶた団地も俺が記憶をしている限りでは堤の今の文化会館にあった。小学校に行く前のことで近くに住んでいたので何度か連れて行ってもらったのかもしれない。当時のねぶた小屋は緑色でいかにもテントですという色合いだった。地面も砂利で雨が降るとぬかるんで決して環境が整っているようには思えなかったが、スタート地点がホテル青森の辺りだったろうから団地としてはいい場所に有ったのかと思う。

 その後文化会館が建設され、ねぶた団地も移転をした。移転先は浦町小学校の脇。当時の浦町小学校は新築した後で広大なグランドを有しており、噂では日本一広いグランドとさえ言われていた。そこも砂利敷きの広場で、今のアスパム裏のように整然と整列していた訳ではなく、隙間にねぶた小屋を押し込めていたような雰囲気だった。配置は毎年同じで、道路から見える場所には板金と私たちのねぶたがあったように記憶をしている。JRと日通はこの団地にはおらず、JRは駅前に、日通は岸壁の日通の敷地内にねぶたを置いていたようだ。ここに小学生の頃は夏休みの宿題の絵を描くために完成までに何度も通った。写真を撮ってそれを元に描くという手段も無いことはなかったが、細部までわからないことと写真を撮ることも親が許してくれなかった。だから1日中いるときはおにぎりと水筒を持って出かけた。お金も全く持っていかずに行っていた。お金なんて要らなかったといえばいらなかった。

 今は絵を描くためにねぶた団地に行く子供はいるのだろうか。いたとしてもその子供たちを大人は優しく招いて、接してくれているのだろうか。子供にとってあこがれの大型ねぶた。今年もお盆の季節に放送されるテレビでねぶたを楽しもうかと思う。

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弘前のさくら⑤

Photo_75  テレビ中継で有名な下乗橋から眺める弘前城は見た目より大きく見える。

 橋を越え天守閣をみるとそんなに大きくない。ただ、さくら越しに見るお城は壮大で立派。

  本丸の芝生は青々としてブルーのシートを敷いてお弁当を食べている大勢の方々がいる。それでも、ちらほらの程度。

 前の日にテレビで見た「日本一古いソメイヨシノ」を見に行こうと思ったが、どこにあるのか分からない。分からない場合は誰かに聞けばよい。受付の方に地図で教えてもらった。

 場所は東内門の脇。幹が太く花も沢山咲いている。面白いのは幹から2つに枝分かれをしている部分に立派な苔がついていた。立て看板を覗くと樹齢120年だそうだ。

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弘前のさくら④

Photo_74  東北地方のさくらは花が密集しているらしい。

 関東の方や、中部地方の方々のコメントからしても間違いがない様子。

 その中でも弘前城のさくらは花がこれでもかともっこり咲いている。

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弘前のさくら③

 市民会館の脇を通り、杉の大橋を越えた。

 ここで車椅子を押してくれているボランティアらしき方々がいらした。このような方々がおられるので祭りがうまくいくのだろう、感謝。

 南内門からいよいよ本丸へ。ここで本丸へ入るための入場券を購入、@300円。玉砂利の感触が気持ちいい。

 テレビクルーがお昼の放送なのか放送の準備をしている様子。他のところではツアー客向けの記念撮影が行われていた。さすがにこの辺りからは人手がものすごい。さくらもものすごい。ABAのナンとかさんというアナウンサーが着物で中継をしていた。母曰く、「相当古い着物と帯みたい」と。着物も古い、新しいがあるようで俺にはさっぱり分からないがとにかく古いらしい。

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まるかいラーメン

 まるかいラーメンは青森市の人は一度は聞いたことがあって、食べたことがあるお店だと思う。とはいうものの俺は今まで一度も食べたことがなかった。

 噂では「おいしい」との評判が圧倒的多数なのでハズレはないだろうと思うが、正月とお盆に帰省をする際にしかチャンスがないのでなかなか縁が遠かったが遂に行ってきた。このGW中に。

 結論から言えば、もう一回行こうかと思わせるほどのものではなかった。俺の勝手なイメージとは何かが違っており、特に麺が想像とは異なる太めのストレート麺。そうめんを太くしたのですかと聞きたくなるほどラーメンの麺というよりはそうめんに近い味。それ以外は普通。メニューは「中」と「大」の二種類のみ。ラーメンが後会計でおにぎり(コンビニで売っている感じのもの)が先会計。

 店の雰囲気は雑踏の中で、とにかく忙しそうに見える。忙しいので掃除は後回しですといわんばかりの雰囲気で、スープも平気でこぼす。

 それでも、繁盛していたのであの味が好みの方も多いのだろう。

 先に食べていたオヤジが「いつもより量が少ない」と店員にぼやいていたがそんなことはないだろうとは思うが真相は闇の中。

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弘前のさくら②

Photo_72  鍛治町を抜け、青森銀行弘前支店を越えた辺りから人の数が猛烈に増えてきた。

 地裁弘前支部のさくらもお見事だが、お堀と道路に沿って咲き誇るさくらは更にお見事。

 数年前に比べ道路が整備されて歩道の幅が広がり歩きやすい。陸奥新報社の社屋が奥に引っ込んだのか?と思わせるくらい広く感じた。

 市役所庁舎を左手に追手門から園内へ。

 この時点で人がわんさかで、5/3以降であれば更に人が多いのだろうと思ってしまう。Photo_73

 追手門から植物園脇を抜けたところに既に出店が並んでいた。珈琲屋だったりカメラを売っていたり、生ビールもあったが、運転をするので自粛。

 丁度写真の堀の中には羽を痛めた白鳥が一羽いた。一目見ただけでおかしいと思うほど羽がぼろぼろで上手くしまえない様子。そこを通る人の視線を一心に浴びていた。

 この辺りから立派なカメラを抱えた方々が大勢出没していた。こんなにも写真を撮る人がいたのかという位、一眼レフの立派なものをお持ちである。デジカメの普及が写真を趣味にされる人を増やした一因かもしれない。

 

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弘前のさくら①

 5/1にさくらを見に行ってきた。弘前の桜をまじまじと見るのは何年ぶりだろうか。7年振りくらいか。学生時代はいつでも見ることが出来たし、そんなに弘前の桜が凄いのかがいまいちわからなかったので時間があるときにだけ行った。あんまり行かなくなった最大の理由は入場料を取ることになったのが、大学2年生の頃だったと思う。この当時、入場ゲートのおじさん、おばさんがいなくなってからいそいそと観桜会という名の酒飲み会に駆り出され、トイレとお友達になった。明かりのない中で酒を強要されるのは楽しい反面、度を超えるととてつもなく恐ろしい修羅場とかす。昼間の楽しい雰囲気なんて微塵もない。未だもってどうやって、公園から当時の住まいまで帰ったのか覚えていない。

Photo_64 この弘前城がどれだけ恨めしく思ったことか。

車で行くからには何処かに車を置かないといけないし。かといって公園近くには間違いなく置くことは不可能。土手町の空いている駐車場といっても忘れた。ハイローザの跡地はどうだろうかとも思ったが、駅前であれば何とかなるだろうと弘前駅へ。

 弘前駅が最近新しくなったのを聞いていたのでその状況も気になったし。以前の弘前駅も青森駅に比べると数倍使い勝手のよい駅舎だと思っていたが、新しい弘前駅舎は東西を抜ける通路も出来る洒落た小さな駅舎になっていた。Photo_66

 ここに特急つがるが入線してくる風景は見物だと思う。東側には弘南鉄道黒石線のホームが立派になって佇んでいた。ここの車両も以前のズテンレス車両とは異なって青帯になっており、「KONAN」の文字が目に入った。

 駅前から循環バス(100円)で弘前公園前まで行けるようだったが、同行した母が弘前大学で売っている日本酒を手に入れたいということでまずは弘大へ。そこにいた弘南バスの案内のおばちゃんは弘大=医学部らしく、文京の弘大へのバスルートはさっぱり知らないようだった。しっかりしてくださいおばちゃん。駅前も様相が変わり、左手にあるホテル以外に右手に昨年世間をお騒がせをした某チェーンホテルが建っていた。アプリーズにあったドムドムバーガーはドーナツ屋に変わっていた。

 Photo_68 バスは学生時代にバイトをさせてもらっていた居酒屋を越え、文京地区へ。この時期だから休講が多いだろうと高をくくっていたが、学生は多かった。学食前にコンビニらしきものが出来、そこのお酒が売っていた。化粧箱なしの1本入りで@1,700円(確か700ml)。駆け引きなしでおいしいのでお試しください。

 弘大から歩いて弘前公園へ。弘高下の踏切を越え、一端桔梗野に出てしまったが、ここから五重塔へ。最北の五重塔らしいが、確かに立派。何年か前に国営放送が年末にやらせ放送をやらかしたこの地を踏みしめ、20円を賽銭箱に入れてきた。特に願掛けをすることもなく、境内がこんなに広いのかと改めて思った。

 弘前のさくらというタイトルだが未だもってさくらが出てこない自分の文章のつたなさにあきれてしまうが行きがかり上このまま進みます。

 この五重塔の下に何かお店があったのを俺は見逃さなかった。そこには3人ほどおPhoto_69客さんが既にいた。何処かのブログで見た団子屋か、せんべい屋だろうと直感的に判断し、ここまで来たのだから寄っていこうと階段を下りた。

 そのせんべい屋の名は「三浦煎餅店」。

お世辞にもきれいとは言えない佇まいと親父の風体。趣味で店をやっているのかというくらい前のお客さんにはえらくおまけをしていた。

 種類はどうでしょう、15種類はあっただろうか。丸いものから四角のもの。くるりと丸まり、白い色をしたものまで四角のガラスの容器に所狭しと並んでいた。親父のジャージ姿でいかにも田舎の親父ですといわんばかりで当たり前だが津軽弁だった。Photo_70

せんべいはこの時に食べるだけの数枚を購入し、街中を堂々とせんべいを食いながら弘前公園を目指した。

 こんなことも出来るのが弘前だと思う。

Photo_71

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我が故郷の言語

 今の勤め先で同郷のものは1名、それも同期。同郷といっても住んでいる場所が全く違うので入社する前までは面識なんてあるはずもない。

 そんな彼の身内にご不幸があり、立場上色々な手配をすることとなった。土日を挟んだので時間的な余裕もなく、献花もこちらの地元からでは間に合わないだろうと思い直接、彼の地元である青森の会場へ電話をかけさせた。

 すると、電話をかけてくれた亀梨さん(仮名、年齢不詳、♀)が受話器を抱え、オロオロし始めた。何か困ったことでも発生したのかなと思い、問い合わせたところ、「言葉が判らない」と一言。

 ここ福島の方言も相当のレベルにあり、密かに津軽弁よりひどい訛り方をしていると思っていたが、そうではないらしい。やはり津軽弁は非常に難解な言語のようだった。

 この難解な津軽弁をいとも簡単に解読し、通話が出来た俺はその後一瞬だけヒーローだった。

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俺の舌は大トロを理解せず

 大間のマグロを食ったが、あんまり美味しくなかった。それも大トロ。

 俺の舌は大間のマグロの大トロを理解出来ないらしい。おれの家族も同じようだ・・・。サクで買ってきたマグロが余って、次の日の食卓にも出てきたよ。冗談抜きで俺にははまちの方がいいような気がする・・・。値段が高いものは美味しいというのは半分、あとは気分だと思った。

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ネクタイ(青森風)

 某HPで青森を題材にしたネクタイが販売されていることを知ったので、新町に出た際に寄ってみた、甲州屋に。

 何年ぶりでしょう、甲州屋。ここは中学生の時からB1のフロアでお世話になりました。そんなに金も無く、制服にもあんまり興味がなかったので裏ボタンを変えるくらいですましていた。

 その甲州屋が青森を題材にしたネクタイを製作、販売をしたという。題材はねぶたとリンゴ。・・・またかとは思うが、とりあえず全国区の知名度といえばねぶたとリンゴだから妥当なところだろうか。あとはホタテと恐山、イタコくらいか。

 で、そのネクタイは甲州屋のHPで http://www.k5.dion.ne.jp/~koshuya/index.html 。購入したのは黒のねぶたのものと青のリンゴのタイプ。値段も手頃だし、生地も厚めのタイプで俺好みだった。

 店長さんかわからないが、この後直ぐにカーリングのチーム青森をモチーフとしたネクタイが発売されるようで、そのサンプルも見せてもらった。売ってくれないか聞いたがあくまでサンプルということで丁重にお断りをされたが、1月下旬に発売されること、HP上でも購入が可能なことも聞いたので是非買いたいと思った。購入代金の一部はチーム青森の活動資金に充てられるそうです(だからかちと今回は値が張る)。

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青函連絡船

Photo_20  連絡船には2往復の合計4回乗った。小学校の修学旅行が函館だったのでその際にも乗り、イルカが間近で泳いでいたのを憶えている。函館までは3:55分を要し、微妙な長さだったけれどそれはそれで楽しかった。北海道へ転校する同級生を見送りへ、小学校時代の友達が仙台から北海道へ向かう際にちょっとの時間だけでも会いたい思いで連絡船の待合室まで向かったこともあった。

 青森駅のホームは130mほどあるそうで、日本一長いらしい。ホームの片一方は改札口へ、片方は連絡船乗り場へ向かう。

 車を持ち、学生時代にはフェリーで北海道へ行った。フェリー埠頭は青森も函館もJRの駅より離れたところにあるので車を所有するまでは縁遠かった。

 フェリーが新造船の就航に合わせ青森駅にも停まるように青森市が働きかけをするらしい。その新造船が函館まで着くには2時間ぽっきり。

 今の俺にはフェリーを乗り、北海道へ行くことはないが是非とも昔の青森駅のイメージが復活してくれることを期待します。

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コンパクトシティー

Photo_17  地元の本屋で何か暇をつぶせる本はないものかと物色中、この本を見つけた、「コンパクトシティー -青森市の挑戦-」。都市中心部の空洞化を避けるために街中へ人を戻そうとするのが大まかなコンセプトなのはイメージ出来ていたものの詳細はよく知りませんでした。地元の話なので読んでおくべきと思い購入。

 青森市は県庁所在地の中で唯一豪雪地帯らしく、その分の除排雪費用はとんでもない額になっている。いつぞやかは30億円だったらしい。それは人口増加に伴い、又郊外での宅地開発が進み、郊外型店舗の立地等で郊外へ人口が流出した影響、自家用車の普及による道路網の整備が進んだことが逆に冬季の雪による障害が目につき、行政への圧力が大きくなっていった影響もあるかと思います。

 一見、街中へ人を呼び戻すという発想は一部の方への利益誘導にも感じられますが、雪とおつき合いをしていかなければならない青森市にとっては理想的な構想だと感じます。

 本文の内容は青森市の事例が想像より掲載されておらず、もう少し具体的な事例が読みたかったのが本音です。具体的な事例が未だ少ないのかもしれません。実際にいま青森に住んでいる方がどのくらいコンパクトシティーという概念に共有出来るかが成功への鍵なのは分かりきっていますが・・・。

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シャガール

Photo_16  8/12に開館したての県立美術館(青森)へ行ってみた。安方の県総合運動場の奥に白壁の立派なその建物はあった。見た目もかっこいい。白い色は何年で塗り直しをするのだろうと打算をしてしまう位綺麗。

 シャガールの「アレコ」の舞台背景画4枚が同時に展示されるのは世界初ということもあり、シャガール?、何人?というレベルだが行った。

 建物は入り口から地下へと進むルートになっていて、チケット売り場からエレベータに乗って地下2Fへ下りる。そのエレベータは出入り口のドアが2枚あり、前から乗ったら後ろから下りる格好になっている。

 そのエレベータを下り、チケットを検札してもらうと即、アレコの背景画が目に入る。圧倒的で威圧感のある絵ではないものの、他の画家の絵画に比べると言いたいことははっきりと主張しているような気がした。とにかくでかい。

 世界各国から借りてきた絵画を含め相当数の絵画が飾られていたが、俺は「臆病者」という絵が一番迫力があって気に入った。ただ、ラフ画まで飾られていたのが気になってしまった。(自分に置き換えた場合、ラフ案が世に出てしまうのはちょっと恥ずかしいというか、納得出来ないので)

 開館して既に5万人が来場されたようです。

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十三湖畔

 しじみ亭・・・、非常に分かりやすいベタなネーミングですが、その名の通りしじみを売りとした店。

 場所は十三湖畔http://www.shijimi.net/shijimitei/ten2002.html。学生時代に対岸の中ノ島で何度かキャンプをしていたので思い出の地。Photo_13

 食ったのはみそしじみラーメンとしじみの炊き込みご飯。30分待った甲斐があったほど美味しいものでした。正直なところあんな場所にこんな店があったとは全然知らなかった。リピーターになりそう。

 味はみそ味ベースだがしじみエキスがやっぱり効いていてあっさり。麺はみそ味に合わせて太麺。炊き込みご飯はちょっと味が薄い気がするがそれはそれでいいかなと思ってしまう。

 お土産にしじみと佃煮を買った。

 それにしてもとても暑い日だった。

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酒②

 叔父の家へ顔を出しに行った。この家はアルコールをベースに全てが回っているような環境で「酒」が全て。車で遊びに行ってもお構いなし、とりあえず「飲め」、とい具合。今回も例に漏れず飲んだ(飲まされた)。出掛けるのを判っていながら叔父は既に飲んでいた(俺にとっては想定内)。

 外出から戻ってから鉄板を挟んで飲み会(←綺麗に言うと)が始まった。俺は15時半から始まるテレビの番組をしらふで観たかったのと車を運転して家へ戻るのが任務だったので出来れば酒を飲むことは遠慮したかったが・・・、そうは問屋が卸さない・・・のは分かっていたので呑んだ、普通に。で、酔った。その後半分強引に運転して帰った。その前に祖母の墓と仏壇に念入りに手を合わせ、近くの犬(名前は知らん(♂))とちょっと戯れたが。

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Photo_12  実家に戻ると大概酒三昧。帰省で戻った初日から酒三昧。とは言っても飲むモノは決まっているのでどのくらいの「量」を「何時まで」飲んで眠くなって寝てしまうのか。これが日々変わるのみ。

 なのに今回の帰省でちょっと異変が起きた。左の写真の酒がそれ。

 実家の母親がこそこそと奥から出してきたそれは見覚えのある校章と見覚えのある大学名。

 http://www.coop.hirosaki-u.ac.jp/ 大学生協で取り扱っているのを地元のメディアが取材をし、それを観てしまった母が買っておいてくれたものだ。

 拒む理由も無いので早速頂いた。その感想は駆け引き無く美味しい。常温でも何杯でも飲めるほどの味。

 何でこんな酒がこの世に出てきたのかは定かではないが、農学部(現農業生命学部だか何か?)で実習で作った米が何処にも売れず、仕方なく酒にしてみた・・・ような話。まぁ何て言っても美味しいものであればなんでも構わない。国立大学から国立大学法人になって何かをしなければならないというソフトがこのお酒を生んだような気がします。大学生協と学校自体の予算は関係ないのでしょうが。

 正月に又飲みたいなと思っています。同級生にも送ってやろうかと思いました。

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ねぶた祭の後

Photo_11  ただ今青森に帰省中。

 朝はせっかくなので自転車で街の風景を見ておこうと思い立って出掛けた。

 出来るだけ海辺を通って海を眺めながら行ければと思い東高校辺りから海側へ出た。朝の6時頃は犬の散歩、ウォーキングをされている方が大半と思いきや、堤川から岸壁に沿って進むと釣り人が多いこと。堤川の水位がやたら高い。丁度満潮時だったらしい。釣りをしないのでよくは判らないが釣れるのだろうか?

 そこから海辺を進み、ベイブリッジの脇を通ってねぶた団地へ着いた。多分一台も置いていないだろうという思いともしかしたら・・・という思いで見に行ったところ案の定もぬけの殻だった(ちょっと残念どころか相当残念です・・・)。

 ねぶたがない小屋は空虚そのもの。祭が終わったら即片付けるという潔さは認めるところだが、帰省をする人の為にも1台くらいは置いて欲しいなと思った。

 明日は何処をぶらつこうか。

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ねぶた④

 先ほどまでねぶたの公式HPで中継を観た。囃子を聴くだけで泣きそうになる。(ちょっと泣いた。)青森の人は当たり前のようにねぶたに参加できるが遠方に住んでいてかつ青森出身者にとってはこの季節は忸怩たる思いなんです。

 とは言っても現実は現実。自分で選んだ道なので何ともしようがないので我慢をするしかありません。中継を観ることが出来るだけで有り難いと思わないといけないんだろうと思っています。

 中継地点は国道県庁と消防署の間。ねぶた大賞の青森山田学園を筆頭に様々なねぶたを観させてもらった。選外の中でも県板金組合のねぶたは出来がいいなと個人的には感じた所でした。

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ねぶた祭③

 今年の田村麻呂賞(ねぶた大賞)は何処だろう。朝のめざましどようびの7:40頃からねぶたのことを取り扱っていた。フェリー埠頭近辺のキャンプサイトが穴場だということ。久しぶりに青森の街を観ることが出来た。

 ねぶた大賞は何処だろう。今日の夜辺りに決まるのでしょうが、北村隆さんを中心とした争いとなるんだろうなとは思っています。個人的には白鳥芳生さんのねぶたが好みですが・・・。

 今日は夕方から青森CATVかねぶたの公式HPから中継を観たいと思います。

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ねぶた祭②

 今日からねぶたが始まりました。かといって参加はできないし・・・。公式HPからもらった正調の笛の囃子を聴くくらい。

 梅雨明けが本日だったのでタイミングも良かったと思います。明日までは子供ねぶたが多く出ますが、とりあえずCATVかHPでやっているだろう中継を寂しく眺めます。それを観る時間があればいいのですが。

 今は沿道にねぶたを均等に配置しスタート共に一斉にスタートするらしい。10年以上前は橋本小学校(母校です)の前、(専売公社の前)に先導車(ミスねぶたや北村知事がちょこんと座っていた)を先頭に日立の大太鼓が出陣を待っていてそこが先頭だった。小学生の頃は本町の「花の中村」を超え、新町通りから協同社を曲がり、県庁沿いに国道へ抜ける、今とは逆方向のルートを通り、浦小のねぶた小屋へ戻っていた。

今は終わりも早くなってしまったようですが、ねぶた祭の時期は少し羽目を外してもいいのかなと個人的に思います。他人に迷惑をかけない程度で・・・ですが。

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ねぶた祭

 今日は前夜祭で明日からねぶたが始まる。青森を離れてから10年、その期間にまともにねぶたを観ていない。お盆期間中に帰省をする頃にはアスパムの裏は閑散としている。

 最近はネットでもテレビでもねぶたの中継が行われ、その平面の画面でしかねぶたを感じられない。今年は予定では青森に戻っているはずだったので何とかなるかなと思っていたが、そうは行かなかった。

 小学生の頃は浦町小学校の脇にねぶた小屋があり、夏休みの図画の宿題は6年間ねぶただった。全面のシートを開けてくれて、中まで見せてくれる所、祭の直近までねぶたが出来上がらない所(に組がそうだったような気がする)。遅いところほど田村麻呂賞(今はねぶた大賞らしい)に近いものが出来上がるのだろうと思っていた。自転車に絵の具と画用紙を背負って通い詰めた。明かりのついていないねぶたの色は全体的に黒く、特に青系の色彩が多いそれは顕著。

 今の時代、ねぶた小屋に除き窓が付いたとWeb東奥で見た。

 ねぶたが終わると一気に青森は秋モードに入る。

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